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2009-07-04 Sat 17:22
塩G:奇跡の3完。三角関数をチャートでさらい直しておいてよかった。
全部合っていれば70点(中間比約200%プラス)だがそんな甘くないか。 変域を求めたり領域を図示する系統の問題を今後さらに詰めたい。 英語:要約捨てた作文捨てた・・・後は何が残る? 席替え後しょっちゅう当てられるようになった(教壇から見て右前2列目)ので、 アプローチもストーリー自体は頭に残っているものが多かったが・・・ ダービー前日に受けた模試(高校にて校内受験)が返却された。 点数を確認しただけなので、あまり発展的な事は書けないかもしれないがとりあえず。 得意科目は昔から無かったし、今もこれと言ったものがない。 英・国が若干壁にあたってきた感じ。地歴はそれ以上に完成度の問題。 ついこの間「馬術部が無いから」という理由でH大学を志望から外したのに、 そこはA判定になっていたのだから面白いものである。 現在のところ第一志望はC判定。 中3のときは2、3回を除きほぼ全部A判だったので (でも全国1位を何回もかっさらって行くような同期がいたからねぇ)、 ここからどうするのか?ということに関して 「とりあえず頑張らなきゃいけませんねぇ」程度の答えしか出せない。 当時は継続こそが最大の力だったと今振り返って思うのだが、 同じことをやると多分、来年の今頃私は緑地公園生になっているだろう。 このままの継続ではなく、ジワッと仕掛けながらスロットルを入れる。 一方で他所さんはいい流れを継続しながら仕掛けてくる。 気を抜かなければ流れに沿って自然とエンジンが入るものだ(ソースは俺'06)。 この流れを切り裂きながら前進するためのキーが必要と思えるが・・・? 数学開拓、イスラム史開拓・・・?それともそんなみみっちいものではないか・・・? そのあたりを包括的に考えつつ、足りないものが何なのか見つめて、 そこから目を背けなかった奴が最後には勝っていそうかな・・・ まぁそれくらいのもんである。 こうして今回の結果から先のことを考えていると、 何だかかつての恩師に怒られたとき、 必死で言い訳を考えている自分が思い出されてきて妙な心持になった。 今ではもう自分で怒りを抱き、然る形でぶつけるほかない。 競馬界は夏休みに入った。 しかし受験生にとっての夏はGIシーズンにも値する。 修練と闘争の先にある何かをつかめる夏にするために、 一体自分には何が出来るんだろう・・・ こっからちょっとだけ競馬の話。本日阪神競馬第1レースにて。 新種牡馬デュランダル産駒が初勝利 地方・中央通じての初勝利を挙げた。 SS×NTの血統構成ゆえ肌馬に恵まれにくい難点があるが、 異系の血をうまく組み込めば活躍は十分見込める。 あの破壊力を受け継ぐ産駒が現れることを願ってやまない。 |
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2009-06-29 Mon 21:08
宝塚記念、ドリームジャーニーが2年半ぶりのGI制覇
外から上がってきたドリームジャーニーがディープスカイを被せに行く。 阪神競馬場の4コーナーからホームストレッチにかけて、 4月の大阪杯を想起させるような光景が繰り広げられた。 ただここは天皇賞馬やJC馬が名を連ねる春のグランプリで、 亡き父の十字架を背負って臨むディープスカイも今回が叩き3戦目。 現役一線級の牡馬が一同に会したこのメンバーを全く相手にせず、 あっという間に先団から抜け出していった。 得意のコースでスマートなレース運びを見せたサクラメガワンダー、 そして叩き合いにすら持ち込めないまま第二集団の中でもがくディープスカイを従え、 ファンの夢を乗せた50回メモリアルのゴールを先頭で駆け抜けた。 昨秋に再婚を果たしたばかりの馬上・池添謙一騎手はスタンドに投げキッスを放ち、 天気予報を半ば裏切って差してきた夏の陽射しにも負けない笑顔を弾けさせた。 いやー、今回はディープスカイも万全の体調で臨むだろうし、 勝算は十分あるにしても、そう簡単に事は運ぶまい・・・と思っていた。 それを確信に変えてくれたあの4コーナーは非常に印象的だったと思う。 断然人気のスカイをマークしながら進めたのはプラスに作用しただろうが、 脚質的にみて自力で動くことも可能なタイプ。 今日のようにうまく折り合いさえつけば、 終いの脚を活かす形での柔軟なレース運びも十分可能だ。 秋は天皇賞→香港のローテーションが予定されているとのこと。 (私だったら香港一本に絞る、というチョイスもありそうだが) 父ステイゴールドは現役時代、惜敗続きでなかなかGIに手が届かなかったが、 ラストランとなった香港ヴァーズで悲願のGI制覇を成し遂げた。 愛すべきバイプレイヤーから一気に世界の名馬となった”黄金旅程”の物語は、 父仔二代の香港GI制覇という第二幕を迎えようとしている。 |
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2009-06-26 Fri 21:52
タイトルはリープクニフト君ミクシィにある程度応える形で・・・
マシュマロ?いいえ、ケフィアです。 マイケル・ジャクソンの死が全世界に衝撃をもたらしている。 私も昼前に、↑のけいおん厨から聞かされて一瞬ビックリした。 ちょうど今日はAEDの使い方を授業で習ったところだったので、 何でこんなタイムリーなときに・・・という側面もあった。 (記事の写真の中には数年前に撮影されたものもあるが) とりあえず、あの顔で50歳というのがそもそも信じられない。 とはいえジャクソンのことはあまり詳しくないので、 残念ながらこれ以上話のタネがないのが実情だ。 ではなぜこの話を引き合いに出してきたかというと、 日本の競馬界でもつい先日、 スーパースターの残念なニュースが入ってきたからだ。 それに関してもう少しここで触れておきたいと思う。 種牡馬アグネスタキオン号の死亡について(JRAより) 昨年のリーディングサイヤー・・・種馬の賞金王とでも言ったところか・・・ に輝いたアグネスタキオンが、今週はじめの月曜日に亡くなった。 この賞金王タイトルは1957年クモハタを最後に、 半世紀以上にわたって日本国産馬の手から遠ざかっていた。 経済成長の勢いも当時はあったのだろう、 欧米から箔のついたタイトルホースが続々輸入され、 彼らの一部は種馬として時代を作り上げながら、 その一方で子孫はリーディングを獲れない状況が続いた。 90年代に入り、流れが急激に変わった。 95年にサンデーサイレンスがリーディングの座に就いたあたりからである。 サンデーの種牡馬デビューは94年のこと。・・・94年のこと。 つまり、たった2世代の産駒でリーディングを取ってしまったのだ。 89年エクリプス賞年度代表馬(北米年間MVPのようなもの)に輝くなどしたのち、 日本人オーナーの手に渡ったチャンピオンホースは、 その血をもって日本競馬の新時代を切り開いた。 02年にサンデーが死去してからも、残された世代が活躍を続け、 07年までの間、彼は頂点を極め続けた。 迎えた昨年2008年。サンデー最後の世代は5歳を迎えた。 輸入種牡馬も時折面白いところが入ってきていたが、 ポスト争いの中心はやはり彼の子孫が占めていた。 サンデー産駒第一・第二世代のフジキセキ、ダンスインザダークに加え、 スペシャルウィークやステイゴールドも虎視眈々と狙う。 その中で、春の3歳GI4つのうちダービー含む3つを制覇し、 年末の有馬記念をダイワスカーレットで制したアグネスタキオンが、 跡継ぎ候補一番手として名乗りを挙げた。 それからわずか半年での死。満年齢の11歳だった。 ヒトで言えばおおかた40代にあたるところで、 なんとも早すぎるとしか言いようがない。 タキオンは現役生活も短かった。 4戦4勝、無敗の皐月賞馬。ダービーを前に故障で引退。 三冠の切符を握りしめたまま、彼はターフに別れを告げてしまった。 とはいえ、わずか4戦ながらも彼の第一の馬生はドラマチックなものだった。 2戦目で下したジャングルポケットは後にダービーを制し、 クロフネはダート戦でとんでもない怪物ぶりを見せ付けた。 そして現役最後のレースとなった皐月賞の勝利によって、 祖母アグネスレディー(オークス)→母アグネスフローラ(桜花賞)に次ぐ、 親仔3代でのクラシック競走制覇を達成した。 年に一頭しか子供を産めない牝馬を2代も経由して作られたこの記録は、 非常に価値の高いものだろう。 種牡馬入り後も良血が買われて高い人気を博し、 天才少女ダイワスカーレットを筆頭に多数の活躍馬を輩出した。 なかでもダービーを制した昨年のように、3歳戦での強さが際立つ。 得意分野をここぞとばかりに押さえたことが、 昨年のリーディング獲得にもつながっただろう。 今後も更なる方面で、更なる強さを持つ馬の出現が待たれていた中で、 わずか8世代のみを残して急逝したことは、返す返す悔やまれるところだ。 タキオンの死後、スポーツ紙はこぞって”弔い合戦”の見出しを使った。 今週の宝塚記念にタキオン産駒のダービー馬・ディープスカイが出走するからである。 今年はこれまで2走してともに勝ちパターンに持ち込みかけたが、 大阪杯は休み明けで一押し利かず、安田記念は相手が悪すぎた。 「本当は春3戦全勝して海外遠征に向かう予定だった。 ここで勝ったらまた遠征を考える」とは関係者の言。 春のグランプリは弔い合戦であるとともに”背水の陣”でもある。 |
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2009-06-17 Wed 00:09
2年間務めた応援団・・・それはそれで楽しかったのだが、
あちこち回る代わりになかなか腰を据えて観戦できなかったため、 ゆっくり観戦する意味をこめて今年は参加を見送った。 両校応援団のエール交換を今年はグランド側から見たが、 3・3・7拍子なんか凄く息が合ってて良かったと思う。 これだけ人数集めてビシッと出来るのだから、 今年はなかなかレベルが高かったのではないだろうか。 点呼が終わってからAiiAと行動をともにし、 とりあえずライト側スタンドのコンクリートに腰を下ろした。 野球は二転三転の末、絵になる勝ち方で決めてくれた。 バレー観戦後に戻ってきたら8回裏を終えたところで、 このあとK校側が3点差を詰めて追いつく。 そこからの結末は皆さんご存知の通り。 劇的なサヨナラ弾には観ている側も雄叫びが止まらなかった。 各選手持ち味を存分に発揮しての勝利で、今年の夏へ向けても期待が膨らむ。 バレーはかなりいい勝負だった。それをモノにしたあたりは流石。 うわゆあ君の頑張る姿もちゃんと見られた。 初めて観たバレー部の試合がこの世代最後の一戦?になったのは心残りだが、 これまでも好ゲームを数多く見せてきたんだろうと想像できる。 このあと市街地へ下りて少し昼食の時間にしたのだが、 「ケーキ屋を探す」という名目のもとAiiAを連れて1時間も市内を歩き回ってしまう。 歩いても歩いても家ばっかりで、たまに何か見えたかと思うと酒屋だったり。 高級住宅街散策プチツアーを終えた頃には、 もうラグビーの試合が始まろうとしていた。AiiAすまん。 デカいカメラを抱えたT原サン達とも同席し、 この日最後の種目となるラグビーを観戦した。 これはもう・・・AiiAも私もルールを一ミリしか知らないので、 「よっしゃ行け!」「そこを押さえろ!」等と訳のわからない声援ばかりが飛ぶ。 とりあえずトライしたら点が入るんですよね?といった認識の中で、 鋼の肉体がぶつかり合う様子に目をやっていた。 前半を折り返す。若干こっちがリードしていると知る。 スクラムを組んで両チーム押しつ押されつの攻防を繰り広げていたかと思うと、 後ろからヒョイと抜け出た選手が凄い勢いでトライを決めにかかる。 重さだけじゃねぇ、速さも半端じゃないなこれ・・・ しかし後半はK校側に押される展開となり、 彼らの奮闘はわずかに及ばなかった。 ラグビーの試合後はすぐに点呼である。 汗と涙にまみれた戦士たちと、 外で一日試合を観て少し肌が赤くなった私達と、 どことは言わないがとりあえずどっかにしけ込んで涼んでいた者達と、 三者が入り混じる中で・・・あぁそうだ応援団の方々を忘れてはなるまい、 私達の世代では最後となる定期戦が幕を下ろした。 この日見た3競技はどれも非常に感慨深いものがあった。 ことにラグビーはこれまで殆ど観戦経験がない競技だったにもかかわらず、 試合後には溢れる感動を抑えきれない自分がいた。 何なんだろう、やっぱり彼らが選手であるとともに、 生身の人間であることを確認できる場だからかな・・・ 今後もこの伝統ある素晴らしいイベントを大事にしてほしいし、 言葉で表しきれない情熱と魅力を某所にしけ込んでいた知人達にも伝えたい。 ──とか何とか、体罰問題の渦中にあるあの御方が言っていたら、 「またそれかよ」と聞き流してしまいそうだな・・・ 自分の目と体にちゃんと刻むことが出来たのは、 ある意味僥倖であったかもしれない。 「ケーキ屋ねえのか」とあちこちで尋ね回っていた私は、 無事に帰りの駅近くでそれっぽい店を発見し、 「こんな機会でもなければ」と思ってハイビスカスティーを飲んだ。 一時間前まで同じ街の中で、 青春全開のイベントを見ていたのが嘘じゃないかと思えるような静けさだった。 |
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2009-06-12 Fri 00:53
「左」という言葉について、
トリさんの電子辞書で引いてみたらタイトルのような定義が出てきた。 これにまつわる話は、長い長い記事の最後のほうに少しだけ出てくる。 あ──それで、放置気味だったのは忙しかったかったからです、 と言える状況かというとそうでもなく、 どの話を膨らませて書くか今ひとつ思い至らなかったというのがある。 左の話だけでもそんなに引っ張れなかったし。 まぁ、たまにはこんな”よしなしごと”を並べる形式もアリといえばアリだろうか。 ・席替えで前から二列目の席になった。 授業中にあまり寝なくなったが、後ろの某氏の寝相が悪い。 居眠りするなら腕を前に伸ばさないようちょっと気をつけてほしいかな・・・ ・定期戦は応援団に入らず(昨年末の嘘スケジュールが”本当に嘘に”なりつつある)、 身近な漢たちが臨む大一番を自分のペースで応援しようと思っている。 K校は食堂のラーメンがしれっと美味しかったので、そちらのほうも楽しみだ。 ・トリさんが帰ってきた。 見つかる数日前に某氏が 「入試前にひょっこり現れるのだけは勘弁な」 と言っていたのだが、その心配には及ばなかったようだ。 まずは一安心である。 (彼に対してトリさんの一言「後でボコるわ」) ・夏休みの模試は3つ申し込んだ。 とっからめっから受けてどうにかなるものでもないだろうし (流石に入試から2年経っているので実戦カンは養っておきたいんだけど)、 自分でそれなりに準備して挑めそうな模試を中心に選んでいった。 学校、予備校の夏期講習もぼちぼち方針を決めていく。 ・いっぽう月末の模試では完全にボコられた。 地歴の完成度の低さには閉口どころか、 口を閉じるのに力が入りすぎて逆に裂けてしまいそうなくらいである。 じわっとポジショニングを上げて、 そのままブッ叩いて粘りこむのが一番ゲーム・マネジメント的には単純である。 伸びるのが遅れるほど届くか届かないか心配になる。 オークスのブエナビスタ的な意味で。 ・この間とある雑誌にEWI(※)の特集が出ていたのでぱらっと読んでいたら、 元T-SQUAREの宮崎隆睦さんと私の誕生日が同じであることに気付いた。 私の誕生日は馬産シーズンぎりぎり一杯の時期なので、 誕生日が同じ競走馬だったら何頭かいたと思う。 だから「〜と同じ誕生日なんですよー」と言う時には、 よく往年の名馬タマモクロスの名を挙げていたものだ。ちなみにデュランダルとは2日違い。 これからは・・・どうしたもんだろう。 (※:管楽器の要領で鳴らすシンセサイザーの一種) ・何 故 自 習 に し た し >世界史 ・前回の記事で触れた日本ダービーでは、 予想通りのドロドロの馬場のなか、 内一杯をすくったロジユニヴァースが見事なリベンジで頂点を極めた。 騎手も調教師も馬主も、これが初めてのダービー制覇だったが、 中でも馬主の久米田氏は、なんと今期が馬主生活の第一シーズンだったから驚きだ。 最初の持ち馬がダービー馬の座にまで昇りつめるなんて、 もうホールインワン入れたり天和上がるどころの豪運ではない。 ・アンライバルドの兄弟・親仔ダービー制覇の夢が消えた翌週、 本場イギリスで行われたダービーでは、 シーザスターズが兄ガリレオ(2001年優勝)に続く兄弟制覇を達成した。 なお、この勝利によってナシュワン以来となる、 英1000ギニーとの二冠も達成している。 両馬の母アーバンシーは牝馬にして凱旋門賞を制しており、 ヨーロッパ屈指の良血プリンスが期待に違わぬ走りを見せた。 ・ほぼ時を同じくして行われた安田記念では、 先輩ダービー馬2頭が1600mの距離で真っ向勝負に臨んだ。 2年前のダービー馬で安田記念連覇のかかっていたウオッカだが、 なんと直線で前が塞がり非常に苦しい展開になる。 昨年のダービー馬ディープスカイが一歩先に抜け出し、 このまま押し切ってしまうかと思われた。 ところが圧巻はここから。 残り200mでやっと一頭分開いたスペースから弾けるように抜け出した彼女は、 そこから一年後輩のエースをあっという間に交わし去り、 大逆転勝利のゴールを決めたのであった。 牝馬としてはじめて獲得賞金10億円突破を達成するとともに、 牝馬史上最多となる通算6つ目のGIタイトルを手にしたウオッカは、 これが東京競馬場でのGI5勝目、そして1600mのGIは4勝目。 この舞台設定に限れば、冗談抜きに日本歴代最強レベルなのかもしれない。 ・そろそろ最後。突き指のせいで字が満足に書けない。 「左手ケガしたのか?利き手じゃなくてよかったな」 「いや俺はこっちが利き手なんだよ!」何度かこんな場面に遭遇した。 こういうときに備え右手で書く練習も多少しているが、 書く速度を上げた途端ミミズ字になって読めたものでなくなる。 にしても、これまで突き指なんて放っておいたらすぐ治ったのに、 夜まで痛みが残るというのは・・・指の関節が堅くなってきているのかな・・・ 鈍い痛みの中でにわかに弱気な気持ちが去来する。 |
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